書籍レビュー

テクノロジーの未来を知りたいなら、落合陽一著『魔法の世紀』を読んでほしい。

こんばんは、空飛ぶ車が日常に往来する時代までは生きたいなと思っているDスケです。

 

僕にとって2017年現在は、個人的にいろんな事実やテクノロジーを知って、とてもよい衝撃を受けている真っ最中の年になっています。

 

今年本格化している仮想通貨市場や、それを取り巻く新たな経済のうねり。AIやIoTなどの高度なテクノロジーの大衆化。ARやVRなどの現実とデジタルの融合など。今まさに時代は多分野のイノベーションの真っ只中で、日々新しい情報を前にワクワクとすることが多いです。

落合陽一著『魔法の世紀』がすごかった

そんな中で、特に今年衝撃をうけたものの一つに、落合陽一さん著の『魔法の世紀』という本があります。これはいろんな意味で衝撃を受けました。2015年発行ですから、当時30、31歳で書かれた本著。その圧倒的な知識量と、未来を予見する数々の分析・展望の言葉は、怖くもあり見たくもある衝動を掻き立て、さながら彼の異名である「現代の魔法使い」を地で行く先導者のように思わせてくれます。

 

これまでに起こってきた技術革新や芸術がどういった動機付けで生まれてきたのか、これからのテクノロジーやアートはどう変遷していくのか、それらと人間はどう共生していくのかを、丁寧かつ論理的に解説してくれます。正直、内容は個人的にはかなり難しいと感じましたが、そのなかで個人的に感銘を受けた内容を少しだけご紹介します。

 

メディアアーティスト 落合陽一とは

 

その前に、著者の落合陽一さんを軽くご紹介。

 

僕が彼のことを知ったのはこのCM。見たことある人も多いでしょう。


落合陽一
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1987年生、筑波大でメディア芸術を学んだ後、東京大学を短縮修了(飛び級)して博士号を取得。2015年5月より筑波大学助教、デジタルネイチャー研究室主宰。経産省よりIPA認定スーパークリエイタ、総務省より異能vationに選ばれた。- 中略 - 人呼んで<現代の魔法使い>。
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えーと、僕のような凡人にはよく分かりませんが、東大や経産省、総務省が出てくるので、「国が認めた天才」といったところでしょうか。簡単にまとめてすいません。とにかく僕には到底及びもつかない希代の研究者、そして芸術家です。

 

最初はこのCMで早口で語られる聞きなれない言葉の羅列と異様な雰囲気をみて「なんだこの人は」と好奇心を刺激され、調べてみると「メディアアーティスト」というまた聞いたことのない肩書きに翻弄され、彼が見ている景色を少しでも見てみたいということで最初に手に取ったのが本著でした。

 

実はこの「メディアアーティスト」という肩書きが、『魔法の世紀』を読むうえでも大事なキーワードとなります。僕らが普段使う「メディア」という言葉は、テレビや雑誌など、主に「情報を発信するもの全般」を捉えていることが多いですが、彼は「情報を発信する機能を有するもの」として語っていて、それは上記のテレビや雑誌はもちろん、ラジオ、新聞、PC、スマホ、タブレットといった、情報に触れる表層そのものを指し、彼はその代替価値や、定義の再構築といったことを研究、そしてアートとして日々探求している、と思われますw

 

いや、正直、なに言うてるか分からん箇所も多々出てくるのですが、そのなかで一般人の僕にささった言葉を。

 

現在の技術は、未だ偉大な先人の手のひらの中

 

まずは、いきなり彼の言葉でない部分を引用しますが、アイバン・サザランドという研究者のこの言葉。1965年に彼が発表した論文の記述だそうです。

 

―「究極のディスプレイは、コンピュータが物体の存在をコントロールできる部屋になる。椅子が表示されれば座れるし、手錠を表示すれば誰かの自由を奪い、弾丸を表示すれば命を奪う。」―
(第1章 魔法をひもとくコンピューターヒストリー より)

 

本著にもありますが、ここで語られる「ディスプレイ」はテレビモニターのような物質的な意味合いではなく、先ほど記述した情報を発信するメディアそのもののことを意味しています。つまり、空間であり、場。未来のコンピューティングは、画面を通して見るものではなく、三次元に作用し、触れられ、現実世界にも影響を及ぼすものとなると予言しています。

 

驚くべきは、この言葉が書かれたのが、先ほど書いた通り1965年!52年前!

 

ARもVRも、むしろ家庭用コンピューターも普及していなかった時代の言葉とは思えません。。。

 

詳しくは実際に読んでいただきたいのですが、実は現在のPCの普及からスマホの普及といった潮流は、同じく40年以上も前から偉大な研究者たちの中で定義されていて、むしろここまでは予見された未来の通りに進んできたといっても過言ではないそうです。研究者、恐るべし…

 

この言葉を読んだときは、アニメ『PSYCHO-PASS サイコパス』で主人公の常森朱が自分の部屋を声だけで模様替えしたり、AIに話しかけたりする光景を思い出しました。

映像出典:dアニメストア「PSYCHO-PASS サイコパス」 第2話より

 

「ビクトールオルタで、ホテルタッセル」の言葉がけで、一瞬で模様替え。

 

たぶん、こういう未来のことを言っているのだと。現実に対して、視覚や触覚など「場」をディスプレイとして映す世界。(言葉的にはもっとすごいこと言ってますが)逆に考えると、このアニメもちゃんと歴史考証とかしてるのかなと妙に感心したりします。

 

話が逸れましたが、現在ではARもVRもMRも、何らかの媒体を通してでないと映像を拡張できませんが、きっと今後はテクノロジーの発達により、空間や現実に直接作用することが当たり前の世の中になっていくようです。

 

いやぁ、文字通りアニメの中の世界が、これから現実になっていくかと思うとワクワクします!

 

すべてのデジタルは、アナログを超え、人間を置き去りにしていく

 

もうひとつ、将来性の核心をつくやり取りを、本著からご紹介。ここ、一番好きなところかもしれないw

 

― 先日、とあるシンポジウムで大学教授から「あなたはデジタルの強みばかり言うが、アナログにはアナログの良さがないだろうか。例えば、レコードにはCDにはない暖かみがあると思う」という質問をされました。それに対して、僕はこう答えました。「それは現在のCDの規格が、音の解像度を低く設定しているだけです。現代の技術、もしくはこれからの技術発展で音の解像度が高いCDを作れば、レコードなんかより遥かに生の演奏の情報が再現された再生装置を作れますよ」 ―
(第6章 デジタルネイチャー より)

 

すごく痛快で、落合陽一の人となりをすごく表している返しであるとともに、納得しかない説明に、きっと大学教授もぐうの音も出なかったことでしょう。

 

そうなんです。CDの周波数は20Hz~20kHzとされていて、人間に聞き取れない高周波数帯の音はカットされている、だけなんです。理論的にはレコードのほうが録音されている音が単純に多い。(かといって、レコードには高周波数帯の音がちゃんと録音できている、というわけではないようですが→Wikipedia)

 

実は技術的には20kHz以上の音もすでに録音したり再生したりできるそうですが、なぜ普及していないかというと単純に「高額だから」。どんなに高度なテクノロジーも、大衆化されないと浸透しないし、大衆化するには敷居を低くしていかないといけないのです。

 

このように、実現できているのに未だ僕らが目にしていない技術が数多くあり、それは技術のハードルの低さであったり、素材の開発による材料費の削減によって爆発的に普及するのを今か今かと待っているわけです。

 

そういう意味でも未来に向けてワクワクするのですが、彼がここで伝えたいのが「人間」を中心としたテクノロジーの考え方から抜け出すことです。このCDの例しかり、技術や製品の収斂(しゅうれん)は、これまで「人が使うこと」を前提として発達・普及してきました。そして人が見えないサイズ、人が聞こえない周波数、人が触れられない物質を排除し、いわば限られた世界の中でのみ完成しただけなのです。

 

これからのテクノロジーやアートは、それらの既成概念を超えてを発想していくことの重要性を、そしてそれらと人間は対立するのではなく「共に生きていく」ことが必要だと、彼は説いているのです。

 

AIやディープ・ラーニングの世界では、2045年に起こるとされるシンギュラリティ(技術的特異点)への懸念など、人が及びもつかない技術の発展が、他でもない人に及ぼす影響を測りかねながらここまで成長を続けていますが、本著を読むとそんな未来さえも受け入れる準備をしながら、日々情報を集めていくしかないのかなと思えたりもします。いずれ来る未来なら、諦めも肝心(笑)

 

個人的な、あとがき

 

落合陽一さんが本著で述べている話は、普段ITやテクノロジーの現場に触れていない方からすると、少し途方もない未来のようにも思えます。

 

ぜひ実際に読んでほしいのですが、あとがきには彼が21世紀中になくしたい3つのものについて書かれています。いずれも、本当に世の中からそれらがなくなるとしたら、今とは全く違う世界があと80年で訪れることに。80年後、僕は114歳、、、平均寿命も少し延びてるとしても、ギリギリ見られないかも。空飛びたい(笑)

 

彼の意図するところとは違うかもしれませんが、今後も日々テクノロジーは進化し、昨日までは実現できなかったことが容易に実現できる。そんな意味での「魔法」のような世界は、実はもうすぐそこまで来ているんだということをヒシヒシと感じられる、とても刺激的な一冊です。

 

ちなみに、本著の流れとはあまり関係のないことではありますが、僕はこの本を読んでから、今まさに盛り上がっている「仮想通貨」の流通する未来図を、読む前より鮮明にイメージできるようになりました。※本の中には仮想通貨のことは一切書かれてませんよ!

 

ただし、読んでると自分の中で辻褄が合うんですよね。技術の発達にともない、データの活用・分析が進み、あらゆるものがデータ化される中で、お金だけが現物主義として残る未来はもはや確率として低いんじゃないかと。低いんじゃにゃいかと。(猫風)

 

新しいことに興味がある方、次にどんな技術が世界を席巻するのか知りたい方は、50年前に先達の研究者が現在を言い当てたように、50年後の日本、そして世界を見据える落合陽一さんの今発する言葉を、ぜひ目にしてほしいと思います!

 

 

 

 

Dスケ

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