どうも、年末に追い込まれています、Dスケです。

 

しがない広告会社の制作ディレクターは、年末の業務が立て込んで慌ただしい毎日です。僕のことですが。

年末ってなんでこんなに忙しいんでしょうか。みんな前もって準備したらいいのに、年末に限って慌てて仕事をほおって、さっさと自分は正月休みに入っていきます。

こっちはいくら頑張っても給料上がらんのに。。。

小さい会社の悲しい性ですね。文字通り、「消耗」しちゃってます。

 

お陰で、1週間以上もブログを更新できずに今日まで来てしまいましたが、その間も一定数の方が目に留めてくれているみたいで、これはこれで何だか不思議です。

自分が過去に書いた記事が、置いておくことで誰かの目に留まり、場合によっては報酬にもなる感覚。

慌ただしかったからこそ、なんだか自分の働き方や稼ぎ方を見直す機会になりました。

働くって何だろう、稼ぐって何だろう。。。

 

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「成果」で稼ぐサラリーマン

一般的に、公務員やサラリーマンは、月単位や年単位、もっと短ければその日単位で、ある一定の「成果」を達成すること、またはそれらの積み重ねでお金を稼ぎます。

特別ノルマのない人であっても、昇給のタイミングにはその期間の成果を評価され、次の期間までのお給料を決められます。

まさに、小さな会社ですが正社員をやってる僕も、そのなかの一人です。

 

僕の会社は制作系というのもあり、よくある裁量労働制、みなし残業代もついて、そのみなし時間を超えた場合に、雀の涙程度の残業代が発生します。

これはもう労働時間に関わらず、「定められた時間で何をやったか」が、評価の対象になります。

それは売上としての数字でも、作った制作物への評価や反応であったり、会社内での立ち居振る舞いもあるでしょう。

その評価はあくまで会社が決めるものなので、自分なりに頑張ってもダメなときもあるし、逆に全然頑張ってないことで評価されたりもする。

 

まぁ、これは一般的な働き方であり、稼ぎ方ですね。

 

「時間」で稼ぐ人たち

そんな「成果」軸で稼ぐ人のほかに、アルバイトやパートなどの「時間」軸で稼ぐ人も多いですね。

接客業だったり、単純労働系の仕事など、あまり専門技術を必要としない現場で多い働き方ですかね。

もちろん、正社員などの残業代も、この範囲でしょうか。お金のために残業する人もいるくらいですし。

時間内で一定のクオリティを出せば、必ずその時間給がもらえるシステム。

もちろん、その中で突出したクオリティを出した人は、現場をマネジメントしたり、さらに経営に携わったりということもありますが。

 

そのほかに、僕は「お金を使わないこと=お金を増やすこと」とも考える派なので、例えば、

・電車に乗るはずだった区間を、歩くことによって、交通費を節約した

・御馳走してくれる人と一緒にご飯に行って、食費を節約した

なんかも、「時間でお金を稼ぐ」に入るのかなと思ってます。本来使うはずだった支出を減らしているのだから、お金は生まれてますよね。

 

どちらのパターンにも言えるのが、「その時間で生まれるお金の価値は一定」ということ。

めっちゃ頑張っても、ある程度手を抜いても、もらえるお金は同じです。長期で見たら違うかもしれませんが、違わないかもしれない。

せっかく長い間頑張って働いてきたけど、年齢によっては同じクオリティで働けなくなるかもしれない、勤め先の方針が変わるかもしれない、AIに仕事を奪われるかもしれない。

ずっと同じようには働けないだけに、「時間」による働き方、稼ぎ方は、辛いなぁと感じます。

僕はその思いもあって、30過ぎて正社員を目指しましたが。

 

「お金」に稼いでもらう

自分だけで稼ぐのは大変なんです。

でも、自分だけで稼がなくても、「自分ではない何かに稼いでもらう」こともできる。

よく言われるのは、「お金に稼いでもらう」というやつ。

 

実際には株や債券など、価値の変動を実感できるものを持たないと、その感覚は掴みにくいのかなと今は思いますが。

モノの価値は一定ではない、だからこそ、そのギャップで価値は発生するんですよね。

僕も以前に書いたことありますが、FXに手を出してみたり、株を始めることで、お金の価値が一定ではないという真実に遅ればせながら気付き、

 

今は少しずつですが、お金が生み出してくれるお金も徐々に増え、精神的にも安定を感じられるようになりました。

「成果」や「時間」で稼ぐのももちろん大変で大事なことかもしれませんが、それでも「お金を稼ぐ手段」は一つより二つ、三つと多くて損はありません。

 

「コンテンツ」に稼いでもらう

ここまでは、ブログを始める前の自分でも気付けていた稼ぎ方だったんですが、さらにブログを始めたことで、インターネット上に「コンテンツを蓄積する」ことの重要性を感じ始めています。

今までブログで自分の意見を発表したり、何かに関する記事をライティングしたり、漫画やイラストなどのクリエイティブな発表をする人は、”特別な人だけ”という勝手な決めつけがありました。

普段なにげなく生きている自分に、強く主張したいことのない自分に、ブログをやる意味や意義は果たしてあるのか。

そう思ってました。

 

でも、いざ始めてみて、普段の生活の中で買ったものを紹介したり、行ったところを紹介すると、少なからず誰かが検索して読んでくれているんですよね。

これは実際に記事を書いて、アクセスを見るまでは分からない、今の時点でも不思議な感覚です。

要は自分のくだらない記事が、ちゃんとネットの中で「コンテンツ」になってる。

それがバズるかどうかは別にして、興味のある人が1人はいる。

それによって、場合によっては広告が踏まれて、報酬になる。

しかも一過性ではなく、半永久的に。

今までの「成果」や「時間」による稼ぎ方じゃなく、「お金に稼いでもらう」のとも少し違う稼ぎ方なんです。

 

最初に書いた通り、ここ1週間ちょっと、あまりに仕事が忙しすぎてブログを書く時間が本当になかった間も、書いているタイミングと変わらず誰かがアクセスしてくれてます。

よくマーケティングの世界では、企業サイトのことを「第三の営業」と言ったりするんですが、まさに人が動かなくても勝手に営業して、勝手に契約まで取ってくれる。

それこそがネット時代のコンテンツであり、ブログの醍醐味なのかなと感じてます。

まぁまだ50記事にも満たないペーペーブログですけどねw

 

まとめ:「コンテンツ」は、誰でも作れる

「コンテンツ」は、一過性ではないという観点から「エンタメ」とも言えるかなとも思ったのですが、単に面白いとか為になるとか、そういう意味のあるものはもちろん、仮になんの意味も面白味もない内容であっても成立しそうなので、今回はあえて「コンテンツ」と称しました。

でも、「エンタメ」もリバイバルしたり、リメイクされたりして、またブームが来たりするから、そういうことなのかなと思います。

今年は荻野目洋子のダンシングヒーローが色々なところで盛り上がりましたね。あれも2次的、3次的な派生で、どんどん大きなブームになった感があります。

まさか30年後にこんなにヒットするとは当時思ってなかったでしょうが、これが残る「コンテンツ」の強み。

 

そういう意味では、今は見向きもされない記事だって、もしかしたらいつかバズるかもしれません。

なんか、それなら書いてみようって気になります。

それこそ、宝くじよりは割のいい確率かも。

 

なんかよく分からない流れになっちゃいましたが、稼ぎ方っていろいろあるんだなぁと考えに耽りつつ、やっぱりちゃんと更新しなきゃダメだよねと気持ちを新たにしたところです。

文字ばっかでごめんなさい。

ではでは。

 

 

Dスケ

 

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